Biography(経歴)

向 雲太郎 Kumotaro Mukai

雲太郎写真
写真:森 雅美

1994年大駱駝艦に入団、舞踏家・麿赤兒に師事。’95年伊藤キム“Dead and Alive”初演参加、’99年より戌井昭人率いる鉄割アルバトロスケットに参加。’01年より振付・演出作品の発表を開始。これまでに18作品を発表、国内8ヶ所のほか、海外5カ国11ヶ所で作品を上演。’03年NY・舞踏フェスティバル招聘。'06年韓国・第9回ソウル国際ダンスフェスティバル招聘。'11年スペイン・バルセロナ舞踏フェスティバル招聘。第26回マドリード国際ダンスフェスティバル招聘。第37回舞踊批評家協会賞・新人賞受賞。'12年大駱駝艦を退団独立、ソロ活動を開始。’14年『ふたつの太陽』にて“デュ社”を旗揚げ。

2013年4月~2016年3月公益財団法人セゾン文化財団 シニアフェローシップ

※ウィキペディア「向雲太郎」2018年5月9日12:27の投稿は、このWebページの作成者によるものです。

向 雲太郎 Kumotaro Mukai
2005年4月『The Jar Odyssey Ⅲ』振付・演出 於:大駱駝艦・壺中天
2006年4月『舞踏虎ノ穴』振付・演出 於:大駱駝艦・壺中天
4月第37回舞踊批評家協会賞・新人賞受賞『2001年壺中の旅』
10月韓国・第9回ソウル国際ダンスフェスティバル招聘『2001年壺中の旅』
2007年5月『をどろベイビー!』振付・演出 於:吉祥寺シアター
2008年12月共同制作ソロ作品『MANNA』振付・演出 於:ミシガン州立大学
2009年9月『遊機体』振付・演出 於:大駱駝艦・壺中天
2011年5月『底抜けマンダラ』振付・演出 於:大駱駝艦・壺中天
2011年9月舞踏レクチャーパフォーマンス『生一本』作・振付・演出 於:兵庫県川西市
9月スペイン・バルセロナ舞踏フェスティバル招聘『2001年壺中の旅』
10月第26回マドリード国際ダンスフェスティバル招聘『2001年壺中の旅』
2月共同制作『耳なし芳一』振付・演出 於:New York, Boston
7月大駱駝艦退団、ソロ活動開始
12月ソロ公演『アホとロマンの皮袋』振付・演出 於:中野テルプシコール
2013年4月~2016年3月セゾン文化財団シニアフェローシップ助成開始
4月共同制作ソロ作品『泉下の泉』振付・演出 於:キッド・アイラック・ホール
2013年6月『ワークインプログレス』振付・演出 於:森下スタジオ
12月ソロ公演『舞踏?』振付・演出 於:スペースエッジ
2014年5月『遊機体』振付・演出 於:森下スタジオ
6月メキシコ・サルティージョ国際芸術フェスティバル招聘
6月モレーリア国際コンテンポラリーダンスフェスティバル招聘
10月セルバンティーノ国際芸術祭招聘
12月デュ社旗揚げ公演『ふたつの太陽』 於:吉祥寺シアター
2015年8月デュ社第二回公演『春の祭典』 於:d-倉庫
10月ワークインプログレス『Butoh in progress』 於:BankART studio NYK
2016年2月ソロ公演『舞踏?プレゼンテーション・ショウ』 於:BankART studio NYK
4月第1回南アメリカ舞踏フェスティバル招聘 於:メキシコシティー
12月デュ社第三回公演『ぴちがい裁判』 於:こまばアゴラ劇場 於:京都アトリエ劇研


舞踏家集団デュ社 The Butoh Tribe ‘Deux Shrine’
2014年12月旗揚げ公演『ふたつの太陽』 於:吉祥寺シアター
メキシコ・サルティージョ国際芸術フェスティバル招聘
モレーリア国際コンテンポラリーダンスフェスティバル招聘
セルバンティーノ国際芸術祭招聘
2015年 8月第二回公演『春の祭典』 於:d–倉庫
2016年 4月南米舞踏フェスティバル招聘 於:メキシコ
12月第三回公演『ぴちがい裁判』 於:こまばアゴラ劇場 於:京都アトリエ劇研


大駱駝艦の基本理念である「この世に生まれ入ったことこそ大いなる才能とする」という思想を踏まえつつ、舞踏とは何か?新しい舞台表現とはどういうものか?と問いながら、面白いということにこだわり作品を創り続けている。その特徴は、舞踏にあるまじき軽妙さ、映画的センスを活かした展開、人間の心の闇に迫り、人間は根源的に自由なのだと体現する、師から受け継いだ何でもありの破天荒な演出、そして世界観にある。